元大相撲力士で、のちにプロレスラーや総合格闘家としても活躍された曙太郎さん。
ハワイ出身で、外国人力士として初の横綱となり、当時の角界を大いに盛り上げました。
そんな曙さんが、2024年4月11日、4月に入り54歳の若さで亡くなったことが判明。
その死因や、実は長らく闘病生活をしていたその全容をご紹介します。
曙太郎の死因は心不全
曙太郎さんの死因は心不全
であると発表されています。
2017年4月に、急性心不全で倒れて緊急入院。
その後も懸命なリハビリを行いながら、家族の協力の元、長らく闘病生活を送っていました。
しかし、2024年4月に入り病状が急変し、その後死亡されたという事。
直前には奥様のクリスティーン・麗子・カリーナさんに「アイ・ラブ・ユー」と伝え、家族に見守られる中、静かに息を引き取られたそうです。
【曙太郎の死因】心不全の原因は?
曙太郎さんの死因となった、心不全とはどんな病気なのでしょうか?
心臓は全身に血液を送り出すポンプとして一日中、休むことなく働いています。
心不全とは、『心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気』と定義されています。一概に心不全と言っても、原因や自覚症状は人によって様々です。
引用元:https://www.ncvc.go.jp/hospital/pub/knowledge/disease/heart-failure/
要するに、「心臓になんらかの問題があり、機能が低下した結果、様々な不調をきたす」状態というものですね。
ではその心不全の原因は、というと、可能性としては様々な要因が挙げられると思いますが、曙さんの場合、一番は「力士」という職業に大きく由来するものと思われます。
よく「力士短命」とは言われますが、力士の平均寿命は62歳とも言われています。
現在の日本人男性の平均寿命は約81歳、それと比べても随分早いです…!
力士と言えば、その巨体が一つの象徴とも言えますが、その「相撲体型」を作るための生活習慣、稽古はかなり特殊で、体には相当な負担をかけています。
起きたらすぐに朝稽古、その後はたっぷり食事、そして午後は4時まで昼寝。
こうした生活をすると、中卒で入門した体重70~80キロの新弟子が、2、3年で150キロを超えます。こんなに極端な人体改造をするスポーツはほかに思い当たりません。
引用元:https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20210705-OYTET50037/2/
このような無理を重ねて、急激に体重を増やす状況は、当然心臓に負担がかかり、血管系の疾患の確率がグッと上がることは容易に想像できます。
もちろん、他にもさまざまは要因はあるかと思いますが、一種力士の「職業病」とも言えるのかもしれません。
曙太郎の闘病生活が壮絶過ぎた
2017年4月、急激な胸の痛みを訴え病院に行くと、急性心不全であると診断され、緊急入院に。
一時は37分もの間、心機能停止の状態で意識不明の重体となりました。
その後、意識は回復したものの、様々な後遺症が残りました。
・重度の記憶障害
>家族のことも曖昧
>息子のことを自分の弟だと認識
>食事の時間も「さっき食べた」と拒否
>会話もままならない状態
・食事も1人でできず、介助が必要
・移動はベッドに寝たままの状態
・210㎏あった体重は140㎏まで減少、足腰は骨が浮くほど細くなる
その年の10月にはリハビリを開始しましたが、最初は座るどころか、枕から首を上げることさえできない状態。
1日1時間、足や手を動かすことから始め、軽いダンベルを持ったり、小さなボールを握るなどの地道な運動を続けられました。
その後、特殊な歩行器でのリハビリも取り入れ、懸命に回復に努めていました。
そんな壮絶なリハビリ生活も7年と長く続いていた中、今回の訃報。
今はただ、安らかにお眠りになられることを祈るばかりです。
さいごに
曙太郎の死因、心不全の原因について、記憶障害、寝たきりなどの壮絶な闘病生活についてご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか?
角界や格闘技界でも活躍された、大スターの早すぎる訃報に悲しみの声も多く上がっていますね。
長かった闘病生活を乗り越えられたのは、これまでに培った精神力と、何よりご家族の協力によるものだったのでしょうね。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。