レゲエグループ湘南乃風のSHOCK EYEさんが、2024年1月13日に放送された『世界ふしぎ発見!』にミステリーハンターとして出演された際、ご自身の先祖について公表されました。
以前より、たぐいまれなる強運の持ち主、「歩くパワースポット」としても有名なSHOCK EYEさんですが、実は徳川家の譜代家臣・植村家の末裔(まつえい)であることが明かされました。
「武士の家に産まれて、家柄ゆえに厳しいしつけなど、幼少期はもちろん理解はできず、他の家と違うことで、正直嫌な想いはあったけど、大人になり、今こうして日本の文化や社寺のことを発信する役目をしていることも、そんな出生だったからなのかな?と思ったりもします」
公式インスタグラムより
そこで、彼の本名や家柄、どういった環境で育ってこられたのか、また「歩くパワースポット」の由来についても調べてみました。
SHOCK EYEの本名は「植村家浩」!どんな家柄?
SHOCK EYEさんの本名や家柄について、ご紹介していきます。
SHOCK EYEの本名は植村家浩
・本名:植村 家浩(うえむら いえひろ)
・生年月日:1976年12月14日
・出身地:神奈川県鎌倉市
植村家は徳川家康の祖父の代から仕える最古参の家臣で、家康から唯一「家」を名乗ることを許された、由緒正しい武士の家系。
男子の名前には、代々この「家」の字を付ける歴史が今も続いているそうです。
SHOCK EYEさんの名前の由来は?
苗字・名前それぞれの頭文字から
「植」=SHOCK 「I(アイ)」=EYE
どんな家柄だった?
「上杉謙信からいただいた軍配が置いてあるような武士の家」という環境。
そんな家で厳格なご両親の元、かなり厳しく育てられたそうで、SHOCK EYEさんは子供の頃「両親から抱きしめられた記憶がほとんどない」そうです。
そんな彼の、実家でのエピソードはなかなかにすさまじく…
・家の中には、刀や甲かっ冑ちゅうがゴロゴロおいてある。
・幼稚園のときはご両親を「お父様・お母様」と呼ばなくてはいけなかった。
・食事のマナーが悪いという理由で、父親にテーブルに顔面を打ちつけられる。
・小学校のとき、夢で「お父さんが追いかけてくる」とうなされ、寝ぼけて雨の中、裸足で逃げ出したことも。
他にも、何かにつけ「長男」であるお兄さんが大切にされる家だったそうですが、SHOCK EYEさんが受験に合格したときは、お兄さんが受験に落ちていたことを理由に、お祝いもされず、合格したことを話題にすら出さないようにされたそうです。
今の時代では、なかなか考えられないエピソードばかりです…
SHOCK EYEはなぜ「歩くパワースポット」?
きっかけは、芸能界最強の占い師として知られるゲッターズ飯田に「今まで占ってきた中で、1・2を争う強運の持ち主」と言われたことだったそうで。
その後、はじめはSHOCK EYEさんの友人が面白がって携帯の待ち受けにすると『待ち受けにしたら良いことがあった!』と報告を受け出し、それから少しずつ広まっていき「歩くパワースポット」と呼ばれるようになっていったそうです。
実際、SHOCK EYEさんの写真を待ち受けにした人からは、「開運報告」が続々と上がっています。
いや、すごくないですか…!
そうして「歩くパワースポット」として多くの人に必要とされるようになると、「期待を裏切りたくない」という責任感から、自分自身がいい行いをしないといけないと、『神社に行こう』『神棚を祀(まつ)ろう』と形から入るようになったそうです。
責任感から始まった行動はやがて楽しみとなり、今や神社めぐりはライフワークになり、発信するまでに。
ツアーの合間やメディア出演時だけでなく、参拝や聖地訪問自体を目的にプライベートでも訪れ、心に響いた場所には何度も訪れることもあるそうです。
そんなSHOCK EYEさんが実践する習慣や、運気が上がる写真やワードをまとめた著書もいくつかあります。
さいごに
SHOCK EYEさんの先祖や本名、「歩くパワースポット」の由来についてもご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか?
由緒正しい厳しい家柄の出身とのことで、苦労も多かったようですが、そういったことも乗り越えて、「パワースポット」としてたくさんの人を照らすSHOCK EYEさんにつながっていったのでしょうね。